ランドセルの歴史について

ランドセルの歴史について

小学生が学校に行く場合の鞄は「ランドセル」が定番になっています。では、いつ頃からこういったランドセルが使われていたのでしょうか?時代劇を見ていてもランドセルらしきものはありません。今回は【ランドセルの歴史】について掘り起こしてみましょう。
 
ランドセルの歴史は古く、軍用の背嚢がそのルーツだと言われています。始まりは江戸末期。いわゆる幕末と呼ばれる時期です。日本はその当時、欧米の列強国の脅威に直面していました。鎖国をしていましたが、オランダとは貿易をしていたのです。
 
そのオランダに協力してもらって軍隊を近代化する動きがありました。そのとき利用していた陸軍の装備がランドセルの原型です。両手が利用できて動きやすいので背負うデザインの布製の背嚢(はいのう)が作られました。その背嚢はオランダ語でランセル(ransel)と言っていました。ここから「ド」が入ってランドセルと呼ばれるようになったのです。つまり、ランドセルのスタートは幕末であったわけです。
 
このようにランドセルの原型になった鞄が使われ始めたのは、徳川幕府が終焉に迫っている時期(江戸時代末期)です。日本独自の文化だと思っていましたが、当時日本と貿易をしていたオランダの軍人が背負っていた背嚢と呼ばれるリュックが起源になっていたのです。
 
徳川幕府の力がどんどんと衰退してくると、オランダの軍事スタイルが日本にも影響してきます。オランダ人が軍服姿で背負っていたのが「ランセル」(背嚢)だったのです。ランセルが初めから児童用のランドセルとして使用されたわけではないです。
 
最初は日本の軍人の中で広まります。同じように軍人用の鞄として浸透していったのです。布を使って作られた背嚢の中には何をいれていたのでしょう。「食料」「生活用品」「弾薬」が入っていたようです。背嚢の外には「テント」や「飯ごう」がぶら下げられていました。とっても重かったでしょうね。
 
今のような形になったのは明治時代の中期です。学習院型のランドセルと言われていますから、ちょっと想像がつきますよね。明治10年(1877年)に学習院が開校しました。8年後の明治18年には児童が利用しやすいように、背負うことができるデザインを探していました。両手がふさがらずに使用できるので背嚢タイプのものを指定鞄に指定したのです。
 
明治10年に開校された学習院によって現在のランドセルの原型が生まれました。開校当初は鞄に指定はありませんでした。決まっていたのは「制服」だけでした。明治18年になりますと、学習院に通学する児童の身体を鍛えるようにしたらどうかという意見が出ます。そして、学習の場では全員が平等であるという考えも出てきました。馬車での通学と使用人が荷物を持つことを禁じる決定がなされました。
 
そして、困ったのが教科書などを入れる鞄です。この時に軍人が使用していた背嚢が注目されました。学習院でも勉強道具を入れる鞄に使われるようになったのです。たくさんの荷物が入りますし、両手があきます。これが採用理由でした。今のように革製ではなくて、布製の鞄だったのです。
 
明治20年には大正天皇が学習院の初等科に入学します。そのときに伊藤博文が革製の箱形の背負い鞄を献上しました。これが現在のランドセルの始まりです。このことから、全かぶせ縦型のランドセルが「学習院型」と呼ばれているのです。伊藤博文は当時の内閣総理大臣でした。
 
明治23年には色が「黒色」に決定されました。さらに明治30年にはサイズも決められます。縦が一尺一寸・横が一尺五分・マチ幅が二寸五分として寸法と型が統一されました。このようにして学習院型が完成して今に至っています。学習院以外の小学校に通う子供達の間にもランドセルが広がります。
 
全国的に、この学習院型のランドセルが普及したのは、戦後昭和30年代からになります。普及したのは少しずつです。大正時代から昭和時代初期には、まず年分の男子児童を中心に学習院型が使用されてきます。ですが、その当時は今のような素材はなかなか手に入りませんでした。第2次世界大戦以前のランドセルは「豚革」を使っているものが主流でした。
 
第2次世界大戦の期間は「サメの革」や「アザラシの革」が使われていました。物資が不足している時代でしたから、「ブリキ」を使ったランドセルもありました。特に終戦前後の時期は、「紙製」のランドセルもあったという記録があります。
 
現在のように絵柄や可愛らしい模様が入ったデザインのランドセルは昭和20年代頃から広がりました。これも都市部に限った話です。昭和20年代頃までは、地方の農村部では風呂敷で教科書を包んで学校に行く姿が普通でした。
 
実際にランドセルが日本各地に普及し始めたのは、高度経済成長が始まった昭和30年頃からになります。その当時のランドセルはサイズが、小さかったのですが、それでも1600グラム以上もありました。今のランドセルと比べると2倍の重さですね。
 
昭和60年代になると人工皮革のランドセルが流行だします。最近では天然素材のランドセルよりも人工皮革のほうが多いです。カラーのバリエーションも多様化しています。それまでは「黒」や「赤」が定番でした。平成12年(2000年)頃から「水色」や「ピンク」のランドセルが発売されてきます。
 
戦後の復興から暫くすると、日本の経済成長は実質成長率で10パーセントの伸び率を見せます。これで高度経済成長期が幕開けました。人々の暮らしが大きく変わって豊かになり始めたのが1955年を中心にした昭和30年代です。
 
昭和40年に入ると「一億総中流階級」という言葉が生まれるほど、日本全体に活気がでてきます。国民も豊かさを実感したのです。ランドセルが普及しはじめたのもこの時期からになります。金額的な面もあり「天然皮革」だけではなくて「合成皮革」のランドセルも作られるようになりました。雨や雪対策や重さ対策・耐久性の問題もありました。少しずつ、背負いやすいフィット感も、こだわりはじめます。
 
景気が良くなって余裕がでてきたから……それがランドセルが普及した原因だけではありません。この時期から教育にも力が入ってきます。小学校での勉強の内容が飛躍的に増えてきます。勉強するために必要なアイテムも多種多様になってくるのです。
 
家で勉強し予習・復習や宿題が出るのも当然になります。それに応じて、学習教材がたっぷり入るランドセルは、凄い勢いで日本全国に普及しました。
 
1955年(昭和30年)以降頃から、ランドセルは都市部だけでなく地方都市にも普及してゆきます。ですが、色やデザイン・バリエーションは、ほとんど変化していませんでした。しばらくの間は「黒」と「赤」のランドセルが定番として続きます。
 
動き始めたのは大手のスーパーマーケットが独自ブランドで24色のカラー展開でランドセルを発売したことでした。これをきっかけに、これまでのランドセルの常識が大きく変わることになります。カラフルなランドセルが誕生すると、ランドセルメーカーは独自の工夫をセールスポイントにして競争が激化します。
 
24色は画期的なデビューでしたが、最近では40色ほどのカラーバリエーションを持っているランドセルもあります。色だけでなく、細かい部分まで自分の趣味嗜好に合わせてアレンジできるのが昨今のランドセルの特徴点になっています。デザイン・刺繍糸・内側の生地・チャックの型などです。
 
見た目だけの違いのみならず、背負いやすさのフィット感・強度・安全面でも検討されてきました。ランドセルはオランダの影響から誕生しました。今では、「日本の文化」と呼ばれるようになりました。長い年月の中で伝統や技術が磨かれてきました。伝統がしっかりと受け継がれたからこそ、今のランドセルができたのです。
 
最近になってランドセルの魅力を感じた外国人たちが、こぞってファッションとして取り入れています。日本だけでなく世界にまで普及しているランドセル。きっかけになったのはアメリカのセレブや芸能人です。ランドセルを肩にかけた写真がブログやインスタグラムで紹介されました。
 
大人向けのランドセルも販売されています。中には入手することが難しいほどの人気になっており、お値段も数十万円するランドセルも出回っているから驚きです。デザイン性もあって実用的な魅力があるランドセル。子供だけでなく大人にとっても魅力的になるのです。

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